あなたも、わたしもみんなバカという不愉快な現実。自覚できないあなたは「バカが多いのには理由がある」を読むといい。

    

「バカが多いのには理由がある」(橘玲/著、集英社/刊)

無知蒙昧(むちもうまい)を啓発しようとする人は「バカは教育によって治るはずだ」と言うけれど、現実はどれほど教育してもバカは減っていかない。

あるTV局ディレクターの言葉を借りれば、世の中の人間の大半はバカで、マスコミの役割はバカに娯楽を提供することだと言う。

「バカだって暇つぶしする権利があるでしょ?」と彼はいいました。「それに、スポンサーはバカからお金を巻き上げないとビジネスになりませんしね」

いまではこうしたニヒリズムがメディア全体を覆ってしまったようです。嫌韓・反中の記事ばかり溢れるのは、それが正しいと思っているのではなく、売れるからです。

ライバルが過激な見出しをつければ、それに対抗してより過激な記事をつくらなければなりません。

自分には関係のない話だろうか?ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

 17×24=?

結論から言うと、たぶん、あなたは”バカ”で間違いがない。試しに、この計算を暗算でやってみよう。紙やペン、電卓を使わずに、だ。

17×24=?

すぐに解けるひとは、あまりいないのではないか。「24×10=240」のような直感型思考で解ける負荷の少ない問題ではないからだ。おそらく、頭は熱くなり目の前の計算だけで手一杯。イライラする気持ちだってでてくるだろう。

電卓があるのに、なんで暗算なんだ?こんな問題解けなくったって、人生になんの問題もない。そう考えても不思議はない。

ちなみに答えは”408”になる。

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バカの淘汰

人は負荷の高い問題を避けようとする性質がある。そして、避ける方法は2つしかない。それは、思考が必要な問題を無視するか、あらゆる問題を直感型思考で解こうとすることの2つだ。

ある高名な女流作家が「2次方程式を解かなくても生きてこられた」「2次方程式などは社会へ出て何の役にも立たないので、このようなものは追放すべきだ」と述べ、教育過程審議会(現・中央教育審議会)の会長だった夫が削除を主張した結果、中学課程では「2次方程式の解の公式」は必修ではなくなりました(現在はゆとり教育批判で復活)。

ある有名な女流作家というのは、曾野綾子さんのことで、その夫というのは三浦朱門。どちらも”ゆとり教育”を推し進めた代表的な立場のひとたちだ。

曽野さんのように、直感で物を考える人は「負荷のかかる、思考が必要な問題」を、”不快な存在”として世の中から抹殺しようとすることが見てとれる。

ここだけを捉えると、直感的な思考のもと、バカな主張をした妻に権力者の夫が安易に同調した”しょうもない展開”としか映らない。でも、それだって直感的な思考の結果じゃないだろうか。何か物事を考えるとき、受け入れ易いストーリーである時点で疑ってかかったほうがよいと思うのだ。

もし、あなたが「機会不平等」(斎藤貴男/著、文春文庫)を読んだあとなら、この話題について違った印象を持つだろう。この本の第一章には”ゆとり教育”導入を決めた三浦朱門氏へのインタビューが載せられている。

その内容が「非才、無才は、実直な精神だけ養っておけ」とあるから、すごい。つまり、バカのみなさんは高望みせず、ポジティブに!ありのままの自分でいましょうってことだ。

なるほど、ゆとり思想教育は形を変えて続いているのだろう。ディズニーアニメ「アナと雪の女王」のテーマソングが流行るわけだ。

…と皮肉はこれくらいにして、ぼくの場合、”ゆとり教育”の本質は優生学(ユージェニクス)の実践で、バカを淘汰していくことなのではないかという印象を持った。

さて、話を戻そう。

バカの定義

「バカが多いのには理由がある」(橘玲/著、集英社/刊)のなかでの”バカ”の定義をはっきりさせておくとこうなる。

本書で言う「バカ」は、ファスト思考しかできないひとのことです。それに対して賢い人は、訓練によってスローな思考が身についています。(中略)

私たちは日々の出来事のほとんどを直感によって処理しています。生きるということは無数の判断の積み重ねですから、それをいちいち「遅い思考」で考えていては時間がいくらあっても足りません。(中略)

地球の誕生を1月1日として、生命が誕生したのが4月8日、それから11月1日までは単細胞生物しかおらず、最初の魚類が出現したのは11月26日の午後。恐竜の時代は12月9日から26日あたりまでで、最初のサルが出現したのが12月25日、人類の祖先が現れたのが12月31日の午後8時10分です。エジプトやメソポタミアに最初の文明が誕生してからは、わずか30秒しか経っていません。

「遅い思考」というのは、この最後の30秒ではじめて必要になりました。だからヒトはいまも、生活の99%(もしかしたら99.9%)を「速い思考」だけで済ませています。その意味では、私もあなたも、ヒトはみんなバカ(直感型思考)なのです。

しかし、世の中には、負荷の高い「遅い思考」を徹底して忌避するひとと、1%(あるいは0.1%)の「遅い思考」ができるひとがいます。

私たちはみんなバカだけれど、それでも「バカ」と「利口」のちがいはあるのです。

ヒトは進化の過程で、直感的に不快に感じることを避けてきた。これは進化論的には正しい選択だったのだけど(あたりまえだ、目の前のヤブががさごそ鳴っていて逃げなかったら捕食されて生き残れない)、近代になって、直感的な思考では解決できない問題がでてきてしまう。そうした、負荷の掛かる問題を解決するときに必要となってくるのが「遅い思考」というものだ。

そう考えると「わたしたちはみんなバカである」という一見不愉快な著者の主張はおもしろい。ぼくらの大半はバカ。つまり直感型思考が得意で、よくよく考えるという負荷のかかる問題を避けて通る。思い当るフシがあるだけにとても不愉快だ。ははは。



たとえば、メディアの世論操作

特定秘密保護法におけるメディアの世論操作は記憶に新しい。この法律の狙いは安全保障にかかわる国家機密を漏洩した公務員への罰則を強化するためであって、メディアが煽るような過去の悪法(戦時中の治安維持法)の再現とはならなそうだ。

たしかに手放しで受け入れるにはちょっと抵抗があるのは事実だけど、アメリカ側の日本に対する情報保全体制への不安を解消したい、というのが本音だろう。

朝日新聞は秘密保護法についての世論調査を実施し、「賛成24%、反対51%」と一面で報じました(2013年12月8日朝刊)。

記事にはアンケートの詳細が出ていますが、質問は次のようになっています。

「特定秘密保護法案は、国の外交や安全保障に関する秘密を漏らした人や不正に取得した人への罰則を強化し、秘密の情報が漏れるのを防ぐことを目的としています。

一方、この法律で、政府に都合の悪い情報が隠され、国民の知る権利が侵害される恐れがあるとの指摘もあります。特定秘密保護法に賛成ですか。反対ですか。」

同じ内容だけど、こちらも読んでみてほしい。

「特定秘密保護法案は政府に都合の悪い情報が隠され、国民の知る権利が侵害される恐れがあるとの指摘もある一方で、国の外交や安全保障に関する秘密を漏らした人や不正に取得した人への罰則を強化し、秘密の情報が漏れるのを防ぐことを目的とする一面もあります。特定秘密保護法に賛成ですか。反対ですか。」


 

これは、引用の質問文の構成を逆にしてみただけなのだけど、また違った印象を受けるから不思議だ。

人は無意識のうちに前段を弱い(偽の)主張、後段を強い(正の)主張ととらえ、質問者の意図に沿った回答をするのだという。

なるほどたしかに。

まとめ

「バカが多いのには理由がある」(橘玲/著、集英社/刊)

「バカが多いのには理由がある」(橘玲/著、集英社/刊)には、”メディアの世論操作”のような不愉快な真実がたくさんある。

たとえば、1994年の”ルワンダ虐殺”で語られなかったことだが、テレビに映るゴマの難民たちは加害者、つまり虐殺の張本人だったという事実を知っているだろうか。ニュースでは限られた時間で、その背景を説明できず「虐殺→難民→人道の危機」という構図に短絡化されることになったのだという。

何も知らずにニュースを見ると、テレビ画面に映る難民は虐殺から命からがら逃げ出してきた不幸な難民だと信じて疑わない。視聴者は”地球の裏側の不幸な人たち”を見て、かわいそうと思う。そこにあるのは直感的思考だ。

バカなぼくらには不愉快な真実よりも、単純でわかりやすい話が必要なのだ。

読めば読むほど、そのひとつひとつが”なるほどたしかに”と思わされると同時に、ぼくらがバカであることの証明をしていく。

うーん。認めたくはないけど、やっぱり、ぼくらはバカなのかもしれないですよ。

でも、そういう不快な事実を受け入れるところから、問題を考えるという姿勢が生まれるのだという著者の主張はスーッと腑に落ちた。

たしかにぼくらはバカかもしれないけど、あきらめることはない。賢いひとは訓練で「遅い思考」身に付けたという。

バカなぼくもあきらめないで書き続けようと思う。ぼくにとって「書くことは、考えること」だからだ。


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