ブロガーのみなさんPV稼げなくて悩んでますね?それなら正義について話をすると良いですよ、という話。

    

533

ネットの記事でアクセスを稼げるのが有名人のゴシップ記事と正義にまつわる話だというのは有名らしいのだけど、前回…といっても今日の昼に上げた記事がこれだけ短期間にPVを稼ぐのはやっぱり正義にまつわる話題だからなのだと思う。

「教員が、教え子より息子の入学式を大切にする」のは当たり前ではなくて、価値観の問題
http://www.kakujinblog.com/saitama-20140414/

スポンサーリンク



正義ってつまるところ強者が振りかざす拳のようなものだ

正義ってなんだろう。正義の議論といえばマイケル・サンデル氏のハーバード白熱教室とかを思い浮かべる人も多いだろう。

正義ってことが何なのか、説明できるひと自体あまりいないはずで、おかれた立場によって正義の定義が変わるのだからそれは難しいもやっとしたものなのだ。

ある人はそれを倫理とか法で表現するし、自分が不快に思うかそうでないかで判断もする。絶対な悪なんてなくて、絶対の正義なんてものも実はない。最後は正義って、そういうものだから納得しろとしか言えない。はっきり言うと、正義って強者が弱者に振りかざす拳のようなものだと思うのだ。



江野幸一県議のネット批判に思うこと

前回の記事でも書いたけど、人は正しいと思うときに一番攻撃的になる。そして、実際にその拳を振り下ろす時、人はとっても楽しいのだ。それは正義の本質が娯楽だからなのではないか。

埼玉県議の江野幸一さん、我が子の入学式出席のために勤務先の入学式を欠席した女性教諭を批判し賛同も集まる – 今日も得る物なし

正義の本質が娯楽だから、こういうネットの”必殺仕事人”がどんどんでてくる。

これは、人間の脳科学的にも証明されているらしく進化論的な発想で説明されるとなるほど、と腑に落ちます。

私たちは、気持ちがいいのは正しいことで、不快なのは悪いことだとごく自然に解釈します。セックスが快楽なのはできるだけたくさんの子孫を残すためで、腐ったものが不味いのは食べたら病気になってしまうからです。

長い進化の歴史のなかで私たちは、気持ちいいことだけしていればたいていのことがうまくいくよう設計されているのです。

詳しくは「不愉快なことには理由がある」(橘玲/著、集英社/刊)を読むと良い。

こうしてみると、悪を見つけて叩くイケダハヤト氏のようなブロガーは快楽主義者なのかもしれないね。さながらデスノートの夜神のよう。そしてぼくらは世の中の目に見える悪を探すためにネットを活用する。勧善懲悪の物語を常に探しているということなのだ。

なぜかって?エンターテインメント(娯楽)のために決まってるじゃない。


スポンサーリンク



関連記事

このページの先頭へ