絶対に読んではいけない、トラウマ確実なノンフィクション「殺戮者は二度笑う」

    

殺戮者は二度笑う 「新潮45」編集部編

「殺戮者は二度わらう 放たれし業、跳梁跋扈の9事件」を読んだきっかけは興味本位からだった。ここに載る殺人事件のいくつかは、「wikipedia」で、未成年犯罪に関してはネット黎明期に一部で有名だった「葵龍雄のクソガキどもを糾弾するホームページ」で概要くらいは知っていた。

読み終えて、改めてこれらが事実なことににゾッとし、言いようのない怒りに震えた。

神戸の事件、立ち去り警官は渦巻く怨嗟を目撃していた

神戸大学院生リンチ殺人事件

平成14年3月、神戸市で一人の大学院生が暴力団員らによって殺害された。この事件は警察の初動捜査の杜撰(ずさん)さから世間の非難を浴びることになる。

「もう連れていかれよるで。はよ来たらないかん。時間がかかりすぎやわ、車に乗せられよる」 県警通信指令課の記録には事件を目撃した女性からの110番通報が入っていた。

神戸西署は現場から6キロ離れた井吹台交番の警察官4名を現場に向かわせた。だが到着までに16分も要した。しかも事件現場から徒歩1分以内の所にある有瀬交番の警察官2人が駆けつけたのは第一報から実に21分も経過してからのことだった。

「何があったんや。話を聞かせてくれ」

「知らんわい、帰れ」

このとき、大学院生はすでに失神して、暴力団員らの乗ってきた車「チェイサー」の後部座席に押し込まれていた。ちょっと歩いて車の中を覗けば、彼を発見できたはずだ。これに対して警官らはこう供述する。

「車両内まで見たりすると、車両の持ち主などからクレームが付くかも知れないと思い、ある程度駐車車両から距離を置いて、車両ナンバーがわかる程度の距離からナンバーチェックした」 「このチェイサーにつき、どの位置に駐車されていたのかよく思い出せないのです」

「交番に行って話を聞かせてくれ」

そう警官らに言われた暴力団員は鬼の形相で凄んでみせたという。その怒声に警察官らはたじろぐ。

男の着衣には大量の血痕が付着していることから、事件があったことは容易に予想できた。当然被害者を捜索するはずが、巡査部長の「(被害者は)おらへんぞ」の一言で片付けてしまう。パトカーから降りもしない警察官さえいた。

驚くことに被疑者(暴力団員ら)は事情聴取中にもかかわらず、堂々とコンビニへ買い物に行くものさえいたという。彼らは何もできない警察官をいいことに、勝手気ままに行動していた。

何事もなかったかのように警察官らは引き揚げた。

スポンサーリンク



神戸市西区の山間を流れる宝光坊川(ほうこうぼうがわ)の浅瀬で、神戸商船大学院生の浦中邦彰さん(27)の遺体が発見されたのが、平成14年3月5日午後4時20分頃のことだった。

警察はなんのために存在しているのだろう。浦中さんの一番の不幸は無能な警察官しか駆けつけてこなかったことだろう。その絶望感たるや想像に余りある。

長さ5、6センチに渡ってザックリと裂け、中から白いものが見えた。私が助けて欲しいんか、と言うと、浦中さんは小さな声で、た・す・け・てと一言だけそう言ったのです。私は、浦中さんの頭に、これでも飲んどけ、と言って小便を掛けました。

加害者はそう証言している。ほかにもあるが、生々しすぎてこれ以上ここでは書けない。

本書では、事件から1年10ヶ月、ある人物に取材を試みている。それは、事件現場を「(被害者は)おらへんぞ」の一言で片付けてしまった、あの巡査部長である。

当時、記者のなかで”立ち去り警官”と揶揄されていた人物で、いまだに遺族への謝罪すらない。本書の取材記者に対して、彼はこう言い残したそうだ。

「ホンマ、ええかげんにしとけよ!」

名古屋の事件、加害少年らの「更生」とその後

名古屋アベック殺人事件

「少年だから、たいした罪にならない」

逮捕後、少年鑑別所に収容された加害者の少年は、こう嘯(うそ)ぶいていた。

事件はいまから27年前に遡ること1988年2月23日、愛知県名古屋市緑区の県営大高緑地公園内で起きた。加害少年ら(少女2人を含む)6人が野村昭善さん(当時19歳)と理容師見習の末松須弥代さん(当時20歳)を襲撃し、リンチを加えたあげく執拗に陵辱し、殺害したのだ。二人は結婚を約束した恋人同士だった。

「この女、まわしてやろうか」 加害少年のひとりがそう囁いた。

末松さんの腕を引っ張り、もうひとりがその背中を押すようにして、駐車場から50メートルほど離れた藪(やぶ)の中へ連行した。そこで、恐怖にうち震える末松さんに仰向けに寝るよう命令する。少年らはかわるがわる何度も執拗に重なった。

末松さんが泣きながら許しを乞うと少女の一人は「ばかやろう。ぶりっ子するんじゃない」と怒鳴り、吸っていたタバコの火を押し付け、殴打した。

少年らは移動する。

「お兄さん(野村さん)、殺されたの? それだけ教えて。死にたい」

移動の車中では末永さんは男の膝の上に座らされていた。悲嘆にくれている末松さんの身体を少年らはもてあそび、再び姦淫。

1988年2月25日午前2時頃、加害者少年らと末永さんは大山田村の山中に到着。末永さんに目隠ししたうえで、二人を埋めるための穴を掘り出した。

「一人で生きていくの、辛いし、帰してもらっても、どこからか飛び降りるつもりでした。お兄さんが殺されたことが分かっていたから、一人で生きているのが悪い。最後にお兄さんの顔が見たい。お兄さんと一緒に埋めて」

加害少年らは野村さんに会わせることに同意し、トランクに横たわる冷たくなった野村さんを懐中電灯で照らした。

末松さんは声を押し殺し、涙を流しながら、その両手を縛ってあったロープを解いた。そして両手を離そうとしたが、すでに硬直していて離すことができなかった。

「それじゃあ、殺そうか」 午前三時頃、石田はそう宣言し、末松さんにパンティ一枚になるように命じた。(中略)末松さんの両腕を掴んで、穴の前まで連行する。(中略)末松さんに座るよう命じ、末松さんは膝を抱え込むようにして地面に腰をおろした。

「やるなら早くしてくださいっ」 それが末松さんの最後の言葉になった。

息が詰まった。これでもかなり表現を選び、抑えた。本書の内容はもっと詳細でリアルで、トラウマ。概要知るだけならwikipediaで十分だろう。こういうのが苦手な人は、絶対に読んではいけない。



さて、一般に犯罪者というものは刑事訴訟法、監獄法をはじめとした多岐にわたる法律でその人権を保護されている。こと”未成年”の犯罪者にいたってはプライバシーは厳重に保護され、社会復帰に向けた施策を”国費”つまりわれわれの税金で保障されている。

公判中に笑みさえもらし、その後の判決に不服を申し立てたあげく、「自分は少年法に守られている」とまで公言、入所中も視察孔(あな)から他少年と交談したりするような少年でさえ、国費で支援される。

対して被害者家族は悲惨だ。葬儀やら訴訟費用やらで総額概ね4,000万円の費用を捻出する。その大半は借金である。贖罪意識(しょくざいいしき)の低い社会のクズが相手の訴訟だから、たいてい相手には支払い能力など皆無で、もちろん誠意なんてものもない。だから民事訴訟に勝ったところでたいして得るものはない。結局残ったのは多額の借金とお墓だけ、ということになる。

「刑務所の中では、ただ雑居房に入っとるだけ。たまにみんなでお坊さんの話を聴くけど、あれで改心できる人間がいるんだったら‥‥‥」 少年らのうちのひとりはそう言って、自らの服役生活を笑っていた。

名古屋の事件では、加害少年らは”被害者家族への償いを傍(かたわ)らに置いたまま”、いまでは”立派に”更生し、社会復帰を果たしている。

彼らの多くは子を持つ親になっている。被害者家族への調停金はいまだそのほとんどが支払われないままだ。

「もうどうしようもない。加害者の家族にお会いしたことなんて、一度もないし、本人たちも出所後に姿を消しとる以上、和解なんてただの紙キレに等しいということですわね」 溜息まじりでそう語るのは、末松克憲氏(68)だ。(中略)

「私たち遺族はねえ、別にお金に執着しているわけじゃないんです。ただ本人たちに罪の償いをさせたい。罪の意識を持ち続けてほしいだけ。すまないという気持ち、その信念を十年以上も持続させるのは、並大抵のことじゃない。私はその信念をみせてほしかった。時は経っても、罪は消えないんだから」 末松氏のもとには、過去、服役中の犯人たちから謝罪の手紙が何通も届いた。(中略)犯人のそれぞれに励ましの言葉までかけてやった。それだけに彼らの不実が一層、身に堪(こた)えるのだ。

「手紙なんて、しょせんは画に描いたモチみたいなもんてっ」 吐き捨てるようにそう言って、末松氏は目を伏せた。

出所後の加害少年の一人に取材記者が聞いた。末松さんたちのお墓の場所を教えるから、そこに参る気はあるか? それに対して、こう答えが返ってきたという。

「そんな‥‥‥行く時間がないですから。難しいですね‥‥‥」

これを聞いて、どうにもやりきれない気持ちになった。

更生って何なのだろう。再犯率で語られることが多いのだけど、あんなものは、本質を見誤らせるための詭弁なんじゃないか。名古屋の事件にかかわらず、あの時のあの事件の加害者はおそらく償いを傍(かたわ)らに置いたまま、”更生し”、いまでも、これからものうのうと生きていくのだろう。

「更生」という言葉が次第におぞましいものに思えてくる。

哲学者サルトルの論理では、どんな理由があろうと殺した者が絶対的に悪だという。善はただ、殺された者のみが有するのである。ということは、悪を殺すには自ら悪に加担し、悪になるほかないということか。

神はいつでも沈黙する。

被害者が血の海に沈むときでさえも、神は決して応えなかった。

神は死んだ

そうでないなら、神は人間など見ていない。人間は孤独で虚無だ。


スポンサーリンク



関連記事

このページの先頭へ