雨の降る日曜は人生について考えよう

    

職場で、一人で過ごす時間が増えた。考えることが多くなった。ここ最近でいろいろなことがありすぎて、自分でも整理できていない。

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転職を考えているなんて職場の誰にも言っていないのだけど、そうすると、なんだか自分が嘘をついている気がして、いたたまれなくなる。だから、必然的にそういう時間が増えた。意識して一人でいるといったほうが適切か。

最近になって、休憩時間や仕事が終わって、ふと気付けば後輩が近くにいる。

「大丈夫ですか?」

「えっ、大丈夫だよ・・」

平静を装うぼくは、そう答えたあと視線を下に落としてしまう。何かを話すわけでもなく会話もほとんどない。彼は、自分の貴重な時間を使って、只々(ただただ)ぼくのそばにいる。

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その後輩は5年前に新卒でぼくの職場にきた。当時はすごい新人が入ってきたと思ったっけ。たとえば、職場の飲み会に誘ったとする。すると、軽い口調で「なにげに行けたら、行きますね」と返ってくる。もう意味がわからない。なにげにじゃなくて何気なしにだろう?というツッコミが空しく感じる。

「行けません」というと、ぼくからは”なぜ?”と聞かれるし、行かない理由も考えなくてはならない。なにより穏やかでなくなる。だから「行けたら、行きます」と言ったのだろうね。

行きたかったけれど、事情があって行けないというのは、いちおうの積極性アピールなの?自分だけが特別で勘弁してもらえると思っている?そう受け取ったぼくには、とても不快な発言だった。

「これは、○○さんのために言っているんだ」

「ぼくはいいよ。でも○○さんが来なかったら周りは良くは思わないと思う」

心の奥底には「なんで行かなきゃならないの?なんのために?」という思いがあったはずだ。たしかに、行かなくても問題はない。行く意味が見いだせない彼にとって合理的な選択の結果なのだろうけど・・・。

仕事を指示する。「ガチでオレがやるんですか?」とくる。悪気はないのかもしれないが、言われたほうは、この返答に戸惑う。だって、いまこの場にはぼくと君しかいないだろう?

目の前の仕事を根気強く説明する。やってみせる。最後に待っているのは、「それって、つまりどういうことですか?」という”ちゃぶ台返し”だ。

「とにかくやってみて?そのうちわかるから」

いつも最後には、そう言っていた。それが精いっぱいだった。



たいてい世の中の仕事の多くは、誰にでもできるように分業化・単純化されている。それはそれでしょうがない。効率のためだから。だけど、目の前の仕事が誰のために役に立っているのかというものが希薄になっていく感覚はまずい。誰も見ない部分にだって手を抜いちゃいけない。そういうことを教えたくて、一生懸命説明するし、そのために時間もかける。

十分に説明してやってみせたつもりなのに、その時は、お前の説明能力が足りないと言われたようで辟易(へきえき)してしまった。

思えば、ずいぶんと乱暴な言葉だった。そもそも”そのうちわかる”って言葉は、とりあえずの相手の非難をかわす程度の効果しかない。こんなこと言われたって納得してもらえるはずがなかった。

飲み会に参加しない彼を、「ぼくはいいよ、だけどね周りが許さない」なんて諭(さと)したのだって、自分を高い立場において保身したうえでの”こずるい表現”だったし、それを「あなたのために言っている」というのは自分の不快だと思う”本音”を隠し、他人を口実にした、逃げ口上だった。

組織で自分の信念を貫くのは難しい。長いものには巻かれるしかないときだってある。そういう、みっともない姿もたくさん見せてきた。ぼくが吐くことば(そのうちわかる)の意味も次第に変化していった。

ぼくだって、「そのうちわかる」って言われて生きてきたんだ。いまになって、ようやくわかるのは、どのような板挟みで大人が生きてきたのかってことだ。

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日曜は休みで、早起きしたのに外は雨だった。どこに出かけるわけでもなく、布団の中から天井を見上げ、こうやってぼんやりと当時のことを思い返していた。

あれから5年の歳月が過ぎ、ぼくの考えもずいぶん変わった。先が見え、保身を覚え、変化を恐れるようになった。悪い意味で大人になったのだ。なんだか人間が小さくなってしまったみたいだ。

「言葉は関係性のなかで、相手の感情に届く」そんな山田ズーニーさんの言葉を思い出す。あぁ、そうか。大切にされる幸福感ってこういうことなんだな。きみは、ぼくの大切な人になったんだな。仕事では、相手のことを考えろ、思いやれと教えてきたけれど、本当に大切にするってこと、自分がいちばんよくわかっていなかったんだな。ごめん。

「大丈夫ですか?」

「えっ、なんで?」

相手を傷つけたくないぼくは、いっそう心を閉ざしてしまう。最近「大丈夫ですか?」のひとことが、彼の心遣いが、ずいぶんと堪(こた)えるようになった。

夕方になって外に出た。雨あがりの空気は澄んでいて清々しい。近所のテニスコート脇のベンチに腰掛けて、しばらく空を見上げていたら、ひどく泣きたい気持ちになった。5年前の記憶は、いまではぼくの人生のなかでも素晴らしい思い出のひとつだ。人生って美しい。

―関連リンク―

一昨日のことなんだけど、嫁に「いまの会社を辞めて別の仕事で食べていく」と告げました

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「あなたの話はなぜ『通じない』のか」は、文章本のなかでもベスト5に入る良書。ぜひ、手にとって読んでほしい。

詳しくはここで。

【kakujin選書】PV(ページビュー)右肩上がりなブロガーのぼくが大切にする「読まれる文章の書き方」はこの3冊から学んだ。

文章表現が美しい。ぼくは、橘玲(たちばなあきら)さんの本ではこれが一番好きだ。金融・経済について書かれた本なのにね。別の魅力が詰まった一冊。

「なにげに」「みんな言ってます」「そのうちわかるよ」「意味わかんない」多用すると”ばか”にされる日本語がある。なぜばかに見えるのか?言語化できなかったモヤモヤが解消される一冊だ。


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