宮部みゆきの極上ミステリー「火車」

    

宮部みゆき 火車

宮部みゆきの「火車」はカードローンの多重債務をテーマにした社会派ミステリ。フィクションなのにまるでノンフィクション小説を読んでいるかのようだった。

分厚くてページを開くと字も詰まっていて、軽くミステリを楽しみたいというにはちょっとだけ敷居が高い。だけどひとたび読み始めると止まらない。一気読みでラストまで。ああ、気付いたら朝だった。

スポンサーリンク



刑事の本間俊介は遠縁の栗坂和也から失踪した婚約者、関根彰子を探してほしいと頼まれる。失踪した”彰子”は自己破産した過去を隠していた。そのことが発覚してすぐに、自らの意志で忽然と姿を消す。彼女は存在しなかったかのごとく、徹底的に自らの痕跡を消していた。

物語が進むにつれて、失踪した”彰子”と自己破産した”彰子”はまったくの別人、つまり二人の”彰子”の存在が明らかになる。失踪した彰子とはいったい何者だったのか? 自己破産した”本当の彰子”はどこへ。

君たち二人は同類だった―(中略)君たち二人は同じ苦労を背負っていた人間だった。同じ枷(かせ)をかけられていた。同じものに追われていた。

“なんということだ。君らは共食いしたも同然だった。”

借金が人生を狂わせ、人の心に鬼を生む。いつしか火車は巡り来る。火車とは仏教用語で、生前、悪事を犯した亡者をのせて地獄に運ぶとされる、火が燃えている車のことなのだそうだ。

さながら生きる亡者、いままさに溺死せんとする者が浮かび上がるために目の前の足を掴む。そうして手をかけたのが、同類だったとはなんという皮肉なことだろう。



さて、王道ミステリは、最後に追い詰められた犯人が真相を語りだすものなのだけど、宮部みゆきの「火車」は、犯人に一切を語らせないのが特徴だ。読み手は犯人の影を追い続け、朧(おぼろ)げながら見えてくる犯人の不運な人生に少なからず感情移入するだろう。そして最後に思う。ただ、ただあなた(犯人)の話が聞きたいと。

ラストは映像のように鮮やかで美しかった。読み終えて深くため息が漏れた。もし、結末にちょっと物足りさを感じるならば、それはきっと王道ミステリの手法に慣れすぎてしまったからなんだと思う。

宮部みゆきの最新刊『悲嘆の門』

怖いよ。怪物がくる!

うーん。なんという意味深なキャッチコピーだろう。2015年1月15日に宮部みゆきの最新刊となる「悲嘆の門」も出ました。ぜひこちらもチェックしてみてください。


スポンサーリンク



関連記事

このページの先頭へ