“好き”の変節と絶望感を味わうライトノベル。「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」

    

桜庭一樹「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」の読後感が”胸くそ悪い”と聞いたので興味本位で手にとった。なんてことはない。ライトノベルだから軽いに決まってる、と侮っていたら後半にかけて物語が一気にドス黒く変色してゆく。

少女が一人、はずかしそうにうつむいて歩いてきた。黒いワンピースの裾がふわふわと広がっていた。胸元のレースが大人っぽかった。

青白い細い足が、小さな膝小僧がのぞいている。きっとすごく高いブランド物のワンピースだ。靴も大人が履くような繊細なデザインのミュールだった。素敵な服装だった。

(中略)藻屑はあたしから目をそらすと、小走りで横を通りすぎていった。香水みたいな清涼感のある甘い香りがした。

逃げ場がないとはこのことで、久しぶりに腹を据えて堪能した。美少女、暴力、歪んだ愛情、そして横溢する死の魅惑。好きって絶望だよね。いっそ、あなたもヤラれてしまえばいい。

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そういえば、共依存(きょういぞん)という心理学の用語がある。

共依存っていうのはお互いに過剰に依存しあうことである。ダメ男にどうしようもなくハマり、周囲にたしなめられてもなお、「あの人は私がいないとダメなの‥」と女に言わせ、虐待されてなお、子が親を庇(かば)ってしまう、あの心理。

振り返ったあたしは、ほんの一瞬だけ、見事にひっくり返った海野藻屑(うみのもくず)のひるがえった制服スカートの中を見てしまった。ほかの子は見てないと思う。一瞬だったし、角度的にもあたしにしか見えなかった。ちょうど窓からの朝日もあって、暗いスカートの中がよく見えたんだ。

青白い腿(もも)。
薄い水色の下着。
のたうつ鮮やかな‥‥‥痣(あざ)。

痛々しい殴打の痕が輝いていた。拳の形の痣が、紫色だったり腐ったような緑色だったり赤黒かったりして、皮膚の上に浮かび上がっていた。

この物語に登場する父子家庭の父と娘は共依存の親子関係そのものだろう。子どもの、娘は、依存するほか生き残るすべがなくて、大好きな父の、男の暴力を受け入れる。

“好き”の概念が自分のなかで次第に変節していく。好きって、やっぱり絶望なんだよね、といまさらながら思う。

スカートの内側の、三角の付け根からのびるしなやかな下肢。その滑らかな肌に浮かび上がる異様な色彩は蹂躙のしるしで、それは闇の中で浮かび上がる一片の花のようにひどく美しい。

その花は、受け入れがたい魅力を放ちながら、いまもどこかでひっそりと咲いては消えているんだよ、きっと。ああ、この文体が好きだ。



あとがき

「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」(桜庭一樹/著、角川文庫/刊)

小説の”娘”は、いわゆるツンデレの変わり者。もちろん美少女という枕詞がつく。たしかに言動も行動も変わっているのだけど、それは彼女なりのぎこちない愛情表現で、すべてに理由がある。

本当の彼女は無垢で、壊れやすくて、無抵抗で、”あたし”のことが大好きで、だから自分がいなくちゃダメで。

じつは、ラスト(娘の死)は最初から提示されている。読み進めるうちに、読み手はいつしか主人公の”あたし”と自分を置き換えて、物語の当事者になる。

最悪の結末がわかっているのに、読むのをやめられないのは作家、桜庭一樹の筆力、構成力によるものだろう。そうして、終幕の死という一点にねじ込まれるのだから、そりゃ”胸くそが悪い”わけだ。

久しぶりに”当たり”の重いライトノベル。まだの方はぜひ!

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない Kindle版


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