木暮太一の「超入門!マルクス資本論」でわかる!会社員が仕事を頑張っても報われない理由

    

「資本論」はカール・マルクスの著作だ。原題はDas Kapitalで、1867年に第一部が、1885年に第二部が、1894年に第三部が刊行された。これは、20世紀以降の全世界に最も影響を与えた書籍である。

カール・マルクスというとプロイセン(現在のドイツ)の生まれで、共産主義の祖と言われる人物。そんな人物が書いた書籍はともすると革命の書だ、共産主義の経済学だ、などと揶揄(やゆ)されるし、ぼくもそう思っていたところがある。

だけど、実際にはそうではなくて、資本主義経済の本質を研究した書で、参考になる部分もあるのだという。

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「超入門 資本論」(小暮太一/著、ダイヤモンド社/刊)は、難解な資本論の原著を読むことなく、会社人生で必要な生きる知恵だけを効率よく教えてくれる書だ。

左寄りのイデオロギー的な話がでてくるかと思ったのだけど、そんなことはなく十分配慮されていて、無理に思想を押し付けられることもない。

資本論の入門書というよりは、資本論の経済的なエッセンスだけを噛み砕いて、ビジネスマン向けに解説した書である。

超入門 資本論

資本主義社会のルール

資本主義社会のルールを知っているかどうかで、長い会社人生を賢く生き抜くことができる。だから、ルールを知ることは大事だ。この大事なルールは、会社で働くサラリーマンの大多数がわかっているようで、わかっていない。

たとえば、体力勝負のスポーツや頭を使う将棋はルールをわかっているからこそ楽しむことができる。資本主義社会も同じだ。

ルールを知らないでゲームに参加しているとしたら、あなたの人生はおそらくしんどいのだろうし、なによりルールを知らないやつは、たいていカモにされる。

仕事が辛くて、頑張っても報われないと感じているとしたら、こうした社会のルールを知らないからかもしれない。

マルクス「資本論」

資本主義社会のルールは経済学から読み取ることができる。数多くある経済理論のなかでも「資本論」の要旨を知ることは、いまの日本経済のルールを理解するのに有効だ。

それはなぜかというと、いまの日本の社会的な風潮(景気がよくなっても給料があがらないなど)を的確に説明できるからだ。そして、そこから抜け出す方法もルールと同様に読み取れる。



価値と使用価値。あなたの給料はこうして決まる。

商品の価格は需要と供給で決まると思っていたぼくには、新しい視点だった。わかりやすく、あなたの給料を例にしよう。

マルクスは「取引するものはすべて”商品”である」とした。そして、商品は価値と使用価値でその値段が決まるという。あなたという労働力も例外ではない。会社から労働力と引き換えに給料をもらっているからだ。

ではその労働力に対する見返り、給料はどのように決まっているのか考えてみよう。

まず、”使用価値とはメリットのこと”だ。

あなたを雇ってメリットがなければ、そもそも雇われないだろうし、雇われの身で仕事をしなければ(メリットがなければ)使用価値がないものとして解雇される。

次に”価値とはどれだけ手間が掛かったかということ”だ。

人の手が、労力がかからないものに対して、資本主義社会ではわざわざお金を出すなんてことはしない。価値というものは社会の平均を考慮したうえで、いかにその能力を獲得するまでの手間が掛かったかによって変わる。

需要と供給が釣り合っているなら、価値(知識や経験の獲得にいかに労力が掛かったか)が給料の相場を決めるし、使用価値(あなたの仕事の能力)が給料の額を相場から上下させる。そして、価値と使用価値のどちらが欠けても商品にはならない。

頑張っても報われない

ではこう考えてみよう。給料をあげるには自分の使用価値を高めればいいのではないか。つまり成果をあげて、会社に利益をもたらす人になればいいはずだ、と。一般的に給料をあげようとしたときに大多数がとる戦略だ。

使用価値が高い人というのは需要と供給の法則によって、多少給料はあがるだろうけど、仕事の成果が2倍になったからといって、給料が2倍になるわけじゃない。これが「頑張っても報われない(給料があがらない)」と誰もが持つ肌感覚の原因である。

仕事の成果というのはあなたが働き続けるための(雇われ続けるための)条件で、それ以外に何もない。だから、頑張るのはあたりまえで仕事の成果は出して当然ということだ。

「頑張っても給料があがらない(報われない)」というのはこうしたルールから考えると筋違いな主張で、頑張って成果をだしているからこそ、クビにならずに働き続けることができていると言うほうが正しい。

そもそも、企業が利益をあげる構造というのは、あなたが自分の価値以上に労働することによって生産される剰余価値(余分な利益)で成り立っている。これが、資本主義社会のルールだ。労働者の給料というものは必要経費方式で決まっていて、労働者は明日の労働の再生産に(明日も働けるようにするために)必要な最低限のコスト(社会平均を考慮したうえでの、衣食住と精神衛生のために必要な娯楽費)しか受け取れない。

企業に雇われる労働者はその構造上、豊かにはなれないのだ。

まとめ

「超入門 資本論」(小暮太一/著、ダイヤモンド社/刊)

マルクスの「資本論」というものが、労働者の搾取される仕組みについて書かれた本だというのは知っていた。そういう「搾取の仕組みを知ることで、そこから個人が逃れる方法がわかる」というのが本書のテーマ。

「企業に雇われる労働者はその構造上、豊かにはなれない」これは疑いようのない事実なんだけど、そうした事実に抗(あらが)う、なにかできることはないのだろうかと考えたとき、個人にとれる対策は生活のコストを下げつつ、雇われない生き方を模索するということに尽きると思う。

たとえ、フリーランス的な生き方ができなかったとしても、マインドを持ち、そうあるように努力することは大事だ。

その企業で働くしかない人は2種類いて、ひとつは「怖くて動けない人」、もうひとつは「実際に他で働く能力がない人」だ。後者は企業に依存して生きていくしかない。そうなると企業から極限まで搾取される人生が待っている。

前者だって、実際に行動ができなければ同じだ。こうしてみると、ブラック企業が存在できるのは、その企業で働くしかない人がいるからで、働く側にも原因がある。

やるべきことはシンプルだ。怖くて動けない人は、精神的に自立するしかない。

常日頃からプレッシャーのあることを、あえてやってみるというのも良いだろう。知らない街でボランティアをしてみる、週末に有料の勉強会を開くなんてことは有効かもしれない

。職探しを怖がってしまうのは変化に慣れていないからで、変化に対する耐性を身に付けておくということをしよう。どんな仕事でも慣れてしまったら、いざというとき、そこから抜け出せなくなってしまう。

他で働く能力がない人は、汎用化できるスキルを身につけよう。

効率化が進み、分業化された仕事をただ漫然と繰り返していると、一体自分が何の仕事をしているのかをいつまでたっても理解できない。いつしか仕事の意味と自分の能力を見失っていく。

そうならないためには、仕事の意味を自問しなければいけない。自分の仕事が何の役に立っているのか、自分がどんなスキルを使い、何の仕事をしているのかを一生懸命探すことだ。


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