ちょっと変わった日本のおすすめ絶景スポット8選!あなたはいくつ知っているだろうか?

    

“ラピュタ”と聞けば「天空の」だろう。

昭和生まれのぼくには、まず真っ先にジブリアニメが思い浮かぶ。本来の”ラピュタ”はガリバー旅行記に登場する空に浮かぶ島のことなのだけどね。

では、「ラピュタの道」と聞けば何を想像するだろう。

これ、ネーミングがちょっとずるい。でも、昭和生まれのハートを掴むような、絶景の道であるのは間違いない。それが日本に存在する。

「まるで海外のような日本の絶景」(絶景トラベル研究会/著、宝島社/刊)は日本の絶景を集めた本。日本の絶景は紹介し尽くされたと思うなかれ。

それこそ、絶景といっても対象を人工物にまで広げれば、まだまだある。

ということで早速だが、日本の新しい絶景スポットを紹介していくから、最後まで読み進めてほしい。

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1、あなたの足元にある、都心の巨大地下空間

たとえば、首都圏外郭放水路なんてどうだろう。住宅街もあるような普通の街の地下に幅78メートル、長さ177メートル、高さ18メートルもの広大な地下空間が広がっている。巨大な円柱がいくつも立ち並ぶ姿は地下の大神殿というにふさわしい。

首都圏外郭放水路、まるで海外のような日本の絶景

これ、じつは国土交通省が建設した河川水の調圧水槽で、首都圏外郭放水路という施設である。梅雨などの湿度の高い時期にはモヤが発生するというからますます幻想的な印象を強くする。

一般に立ち入ることができない雰囲気だが、予約制で見学会が開催されている。

国土交通省江戸川河川事務所-首都圏外郭放水路

地下って身近。

ほら、あなたの足元にある。

2、津波のごとく押し寄せる雲海

雲海とは、標高の高い場所から見て、雲が海のように見える現象だ。北海道勇払郡(ゆうふつぐん)占冠村(しむかっぷむら)字中トマムにはその雲海を見るための「雲海テラス」がある。

雲海テラス、まるで海外のような日本の絶景

ここ、雲海テラスで見ることのできる雲海は絶景。

雲海といってもさまざまで、悪天候型雲海(天気が悪い日の雲海)、トマム産雲海(放射冷却による雲海)、太平洋産雲海(十勝平野を覆う大規模な雲海)とあるが、なかでもおすすめなのは、最後の太平洋産雲海だ。

雲海テラス、太平洋産雲海

夏、十勝や釧路沖の海水温は低いままです。そこに、太平洋高気圧による南からの暖かい空気が流れ込むと、北海道東部沖では大規模な下層雲(海霧)が発生します。発生した下層雲は、南東の風によって十勝平野を覆い、日高山脈を越えて(山々がやや低くなっている)トマムに達します。

(中略)

滝のような雲海は、絶妙な条件が揃ったときにだけ見られる希少な雲海なのです。「いつでも見られるわけではないゆえに、見る価値がある現象」と言えるのです。

雲海を知ろう

十勝平野の大規模な下層雲が、南東の風に押されて日高山脈から(言い方は悪いが)津波のように流れるさまに、少なくともぼくは畏怖の念を抱いた。写真の持つ力、Picture Powerというやつか。

「雲海テラス」のレポ記事見つけた。

【北海道】楽しみにしていた雲海テラス。残念なことに雲の中でした。

その他の記事も、写真が綺麗で読みやすいのでぜひ!

3、紙ヒコーキがどこまでも飛んでいける場所

地平線まで続く緑の平野。ナイタイ高原牧場は公共牧場としては広さ日本一である。東京ドーム350個分の広大な敷地には、約3,000頭の牛が放牧されている。

ナイタイ高原牧場 まるで海外のような日本の絶景

頂上からは間違いなく紙ヒコーキを投げたくなる。ぼくは過去、ここに行ったことがあって、実際に投げたくなった。

記憶を頼りにした紙ヒコーキって意外と飛ばないものだ。あれ、こんなものか?とがっかりする。おすすめする紙ヒコーキ本はこれ。付属の専用紙はもったいなくて、いまでも使えない。ははは。

ここにあるような、カッコイイ紙ヒコーキで挑んでも楽しいかも。もし拾えなかった場合のこと考えて、生分解性の紙が良いと思う(恐らく高い確率で拾えない)。

ついでに言えば、ギネスの記録は30秒程度というから、普段から近所の公園で特訓だ。子供に好かれるという特典付き。

折り紙飛行機なんて子供だまし?そんな、いまいち食指が動かない方にはこちらをおすすめ。

紙飛行機界の巨匠、二宮康明の紙飛行機本だ。これは青春時代にハマった。もう20年も昔のことだけど、近所のグラウンドで飛ばしたっけ。

今では大人買いできるようになった。

二宮康明 競技用紙飛行機

二宮康明の競技用紙飛行機

このシリーズ、とにかく滑空時間が半端ないのだ。折り紙ヒコーキなんて足元にも及ばない。ゴムで射出するのだけど、いったん上昇気流に乗って旋回を始めるとしばらくの間、空を見続けることになる。

機体にはバルサ(軽い木)を使ったものと、紙を重ねあわせたものがある。手先の器用さに自信があれば、断然後者。空に思いを馳せながら工作する時間は至福の時。このためだけに、裁ちバサミを購入するのもいい。100円ショップの安物ハサミでは後悔することになる。

複雑な形状の美しい機体もあるから、作り上げたあと飾って眺めるという楽しみ方もある。

話がずいぶんと逸れてしまった。



4、地球最後の秘境

地底はワクワクする。でもそれは、想像の世界。

実際には、人の手の入っていない地下世界というものは、漆黒の闇の世界で、人間を寄せ付けない。そんなところに行けたところで、現実には孤絶感に震える。西野カナばりに震える。

もっとライトな、ワクワク感だけを味わえる場所が・・・あった。

龍泉洞、まるで海外のような日本の絶景

岩手の龍泉洞は手軽に冒険気分が味わえる。透明度抜群の地底湖もあって、そのなかの一つは水深120メートルと(地底湖の中では)深さ日本一だ。青い、とにかく青い。その青さ、ドラゴンブルーと呼ばれるほど。

地球最後の秘境は地下にある、それも日本に!と素人に確信させるに十分な迫力を持つ。

5、工場萌え!

世の中広い。工場の夜景写真集なるものまである。画像の、暗闇に浮かぶ工場群は山口県の周南コンビナートである。

石油精製、鉄鋼、セメントなどの各工場の一大集積地。Google画像検索では心揺さぶられる画像がたくさん転がっていて、”工場萌え”の聖地というのも頷ける。

周南コンビナート、まるで海外のような日本の絶景

例えると、ファミコン世代ならお馴染みのファイナルファンタジーシリーズの世界観というか、現代では失ってしまったファンタジー。幼いころに想像した、機械と魔法が織りなす文明がそこにある。

恐らく、工場内部には地底に続く坑道があって、魔導アーマーに身を包んだ作業員がロストテクノロジー的な何かを発掘している・・・はず。

年を重ねたいまでは、ぼくのなかの幻想(ファンタジー)は現実に置き換えられ、ずいぶんと失われてしまった。それでもあきらめきれずに、こうしてファンタジー的な何かを探すのだ。

6、国語の教科書に出てくる景色

自然の、波と風による砂の彫刻。有明海の島原湾、御輿来(おこしき)海岸には潮が引くと幻想的な風景が現れる。模様が三日月形になる理由については定説がないのだそう。

御輿来海岸、まるで海外のような日本の絶景

その昔、干潟模様のあまりの美しさに神輿(みこし)を止めたというのが地名の由来。なるほどなぁと思う。静寂の海に浮かぶ満月には見とれてしまう美しさがある。

7、なんだか、懐かしい。

通潤橋(つうじゅんきょう)は阿蘇外輪山の南側にある江戸時代に建造された石造りのアーチ橋。本来は人の渡る橋ではなくて、農業用水のための橋だ。しかも現役で使われている。

通潤橋、まるで海外のような日本の絶景

細田守アニメ「サマーウォーズ」の舞台は長野県上田市だった。画像の通潤橋があるのは熊本県上益城郡山都町。どちらにも共通するワードは「日本の原風景」で、言い換えると「なんだか、懐かしい」、である。

懐かしいから、なんだか見入ってしまう。大家族で訪れたい。

8、ラピュタの道

阿蘇外輪山の上を走る阿蘇市道狩尾幹線は、農業用に使われている急斜面の山岳道路。麓(ふもと)が雲海に覆われたとき、ここはラピュタの道になる。

ラピュタの道、まるで海外のような日本の絶景

もっと、それらしい写真はないものか探してみたら、あった。この景色がみられるポイントというものがあったんだな。なるほど、ためになりました。

ラピュタの道

この場所は菊池阿蘇スカイライン(ミルククロード)を大津へ向かう途中、兜岩展望所をすぎ少しすすむと、左手に入る細い道があります。
入口に4トン車以上通行禁止の看板とお地蔵さんがありますのでそれが目印です。
昨年7月の水害以降車での通行が出来なくなっていますが、入口に車をとめ歩いて降りるとこの景色が見えるスポットにたどり着きます。

阿蘇が見える絶景ポイント

注意してほしいのは、いつでも雲海があるってわけじゃないってことだ。

・日中との気温差があり、
・よく晴れていて、
・湿度が高く十分な放射冷却*があること
・風が弱いこと

これらの条件が整って、ようやく壮大な雲海に出会える。

そういえば、ジブリアニメ「天空の城ラピュタ」の舞台はイギリスのウェールズ地方だった。スタジオジブリの公式サイトで発表されている。あっち(ウェールズ地方)は公式で、こっち(ラピュタの道)は非公式。でも、どちらの風景もいつかは出会ってみたいなぁ。

*放射冷却(地表が熱を放射して温度が下がり、付近の気温が下がる現象、雲が晴れの日は熱を遮るものがないため、気温がさらに下がりやすい)

あとがき

読み終えたあと、自分の”いつか行きたい“が重なって分厚い本のようになっていたことに気が付いた。ページは増えるばかりで、消化されていかずに年月だけが過ぎていく。

悲しいかな、年齢のせいにしておくけど、暇つぶしのようなくだらない時間が以前にもまして楽しい。庭の鉢植えを眺めたり、窓際で愛犬と惰眠を貪ったり。「ああ、幸せな時間だなぁ」と思う。

いったい、いつになったら、この分厚い本を読み進める(行きたい場所に行く)ことができるのか、自分の行動力のなさに我ながら心配でならないのだけど、それもまた人生かと思い始めた。

人は死ぬまで生きるのだ。焦ったってしょうがないじゃないか。

絶景に出会う旅、というものは一生できる。もし、それができなくなったとしたら、それは自分の想像力がなくなってしまったとき。まだまだ歩いていける。

これからが楽しい。

-関連リンク-

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