人が人を喰うというタブー。共食い(カニバリズム)はヒトの本性か?

    

飽食の国「ニッポン」である。ここに、この時代にいる限り、さしあたって日々ものを食べるという”当たりまえ”を意識することなんてない。

ここ日本では、道端を歩いている犬や猫を「食べられるか?」という視点でみるのはタブーとされている。ましてその対象が「人」であればなおさらだ。

スポンサーリンク



人が人を喰う。

同種で喰い合うこの狂気を、カニバリズム(Cannibalism)という。

「狂気」といったが、実はこのカニバリズム、野生において珍しくはない。

イギリスの動物行動学者ジェーン・グドール(Dame Jane Morris Goodall)はタンザニアで野生のチンパンジーの観察と研究を始めた。

その、彼女の研究の成果は世界に衝撃を与えることになる。

ひとつは、これまで道具を使う能力は、人類固有のものだと思われていたのだが、そうではないということ。これは「チンパンジーは草の茎を使って蟻塚(ありづか)からアリを捕る」という発見に拠る。

もうひとつは、チンパンジーのカニバリズムについて報告したこと。

チンパンジーは群れをなして生活する。ときにその群れは他の群れを襲う。「戦利品」に群(むら)がるのはオスだけではない。メスや子どもまでも、群がる。

その戦利品というのは死体のことだ。

ヒトにおける近代のカニバリズムとしては、フィジーの食人習慣が有名だ。これについては膨大な記録が残されていて、フィジー人にとってカニバリズムという行為そのものが心躍る祝祭と饗宴の機会であったことがわかる。



1836年にフィジーに赴いた宣教師は次のように記録を残していた。「(日本人)」(橘玲/著、幻冬舎/刊)より重引。

今週の観察の結果として私は確信する。ここの人間たちは本当に人肉が好きで、それに情念を傾けている。フィジー人のある地域では神官は人肉に触れないとの噂があるが、ここ(ソモソモ地域)では違う。彼らはよい部分をとるし、名うての人喰いだ。

私はトゥイイライラ(ソモソモの第二の首長)の11歳ほどの息子に聞いた。人肉を食べたか。彼は答えた。食べた、おいしかった。亀や豚の肉よりおいしいか、と聞くと「いや、どれも同じようにおいしい」とこともなげに答えた。彼は食べるように教えられていて、それが悪いと思わないのだ。

「遅れ」の思考―ポスト近代を生きる

日本でもカニバリズムはあった。現代史にも残る組織的な食人行為、それは、戦後間もない、フィリピン・ミンダナオ島カガヤンデオロ市から南東に約90kmのキタンラド山、山中で起こった。

ここは、残留日本兵30数人が1947年に投降するまで潜んでいた場所だ。

辺りは原生林で、急な崖に阻まれている。人が生存するにはあまりにも厳しく、佇(たたず)むだけで孤絶感に震えがくるほどの空間だという。

そこで当時、現地の村民数十人が、日本兵によって食べられたというのだ。

「私は食べました」

「私も食べました」

フィリピン公文書館所蔵の戦争犯罪記録(四九年)に記載されている、残留日本兵の供述だ。

村人たちはいまでも口々に言う。

「母も妹も食われました」

「私の祖父も日本兵に食われてしまいました」

「棒に豚のようにくくりつけられて連れていかれ、食べられてしまいました」

泣き叫ぶでもなく、怒りを露わにするでもない。ただただ押し殺した静かな声で言うのだという。こうして、今でも肉親が「食われた」ことを昨日のことのように語る遺族たちがいる。

ルポタージュ「もの食う人びと」(辺見庸/著、角川文庫/刊)に、概要が少し触れられていて震撼しながらも興味深く読んだ。

ここでの、「食われた」という受け身の動詞が持つ意味は激しい。

極限状況下であったのは間違いはない。その当時、日本兵には銃も弾薬もあり、山には食料となる動植物がいたということだ。なのに、なぜ、と筆者は自身に問う。

自然界では食った食われたは日常茶飯事で、食物連鎖という言葉で説明される。その頂点に立つ(立っていると思っている)ぼく(ぼくら)は、そこに何かを感じることはないし意識もしない。

だが、実際どうだろう。自分がその場にいたら?生きるために食べる、では到底理解のできない深淵がのぞく。

筆者の感じた「なぜ」が、同じように自分に降りてくる瞬間だった。

なぜ・・・。

この村民たちの「食われた」という黒い言葉が、無数の手となり、そういうタブーとは無縁の世界で生きている自分を、問答無用に引きずり下ろす。

深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだという。

ミンダナオ島の食の悲劇、それは、「極限状況下での狂気」では説明のつかない人間の本性。

人はカニバリズムを生得的に避けるようには作られていないのかもしれない。

「もの食う人びと」(辺見庸/著、角川文庫/刊)、「(日本人)かっこにっぽんじん」(橘玲/著、幻冬舎/刊)


スポンサーリンク



関連記事

このページの先頭へ