ほんとはスゴい「起承転結」

    

文章なんて、自己満足の世界。書きたいことを書きたいまま書けばいい。文章の上手い下手では語れないし、語ってほしくない。たしかにそうなのだけど、どうせ書くなら読まれる文章を書けるほうがいいに決まってるし、読み手の心を引きつける上手い書き手でありたい。

読まれる文章に共通するのは読み手を想い、意識しているということだ。このことを前提に、さらに踏み込んで言うと、読まれる文章というものには3つの要素から成り立っている。

  • 表現
  • 構成
  • 内容

表現というのは簡単に言うと文章力のことなのだけどこれは一朝一夕に身につくものではない。要は多くの良本を読み、その豊かな文章表現に触れるという膨大なインプットの作業が待っている。次にインプットしたものを土台にして、試行錯誤しながら自分で文章を書くという、これまた地道なアウトプットの作業が待っている。

文章を上達させたいなら、言葉を知り、表現すること。続けること

こうした量的な訓練で培った感性というものは、これまで本気で文章を考え、書いてこなかったような人間がそうやすやすと身に付けられるものではない。才能と言ってしまえば身も蓋もない話なのだけど事実、そうだ。では才能がなければ読まれる文章が書けないか? というと、必ずしもそうではない。

表現が才能なのは間違いがないが、構成は努力でなんとかなる。文章の構成をしっかりとさせることで、グッと読み手を引きつける文章を書けるようになる。

文章構成の定石といえば、起承転結や序破急、序論本論結論などがある。さらには、レポートライティングで使われるピラミッド構造の文章構成などもある。レポートライティングというのはエビデンス(根拠)に基づいたビジネス要素の強い、説得のための文章なので、こちらについてはまたの機会に。

さて、文章構成の種類はそれこそたくさんあって限られたスペースで全部を網羅するのは現実的ではないので、ここでは起承転結に重点を置いて述べてみようと思う。

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起承転結は小学校の国語で習う。これが意外とばかにできない。

ときに構成はめちゃくちゃで話があっち飛びこっち飛び、最後を絶妙なオチで締めくくるような、文章力だけで読ませる文章も、あるにはある。それはそれで文学的意味合いでいう”味わい”というものがある。でも、あなたはこういう才能に依存している文章を真似てはいけない。こんな特殊な才能は一朝一夕に身につくものではないし、向き不向きもあるからだ。

ぼくがおすすめしたいのは、使い古されたと見向きもされない定石、「起承転結」という文章構成を身に付けることだ。

起承転結を簡単におさらいしよう。

  1. 「起」 話の導入部分。書き出しの文章で読者の興味をひく。
  2. 「承」 話の理解を深めて核心につなげる部分。
  3. 「転」 話の核心。メッセージはここに込める。
  4. 「結」 オチとも呼ばれる部分。話の結末がどうなったのかを書く。

起承転結とはもともと漢詩で絶句を作るときの構成の名称。絶句とは四行で構成される詩のこと。有名な杜甫(とほ)の詩は誰もが一度は読んだことがあるはずだ。起承転結の構成がみてとれる。

江は碧(みどり)にして 鳥は逾(いよい)よ白く
山は青くして 花は燃えんと欲す
今春 看(みすみ)す又過ぐ
何(いず)れの日か 是(こ)れ帰る年ぞ

川の水は深く緑で鳥はますます白く見える。山は新緑で、花は燃えさかるような赤色に染まっている。今年の春も、どうしようもなく過ぎ去ろうとしている。一体いつになれば故郷に帰れる年がくるというのか。

概ねこんな意味である。杜甫の、望郷の想いを募らせながらもどうしようもなく人生が過ぎ去っていく様子が伝わってきて、思わず最後まで読んでしまう。

いまいちピンとこないなら、次のコピーはどうだろう。電車の中でよく目にするキャッチコピーなのだけど、これにも起承転結がうまく使われている。

「この座席は10人がけです。ゆずりあってお掛けください。」

  1. 「起」 この座席は
  2. 「承」 10人がけです。
  3. 「転」 ゆずりあって
  4. 「結」 お掛けください。

この文章が伝えたいのは「座席が10人がけです」というお知らせではなく、「どうぞ席にお掛けください」という乗客への配慮でもない。文章の核心、伝えたいメッセージは「転」にある。

このことをを初めて知ったとき、あたりまえのことなのに衝撃を受けた。「へぇ、そうだったのか!」と舌を巻いた。誰にでも書ける平易な文章で構成されていて、表面はあたかも実用的。この一見平凡な文章にも職業的洗練がこらされていたなんて!! 起承転結ってほんとはスゴい。

文章力のない人が読まれる文章を書く。一見矛盾しているような主張の答えは、もうおわかりのように文章構成に定石を持つということ。ぼくが一押しするのは、その使いやすさから起承転結という文章構成だ。その構成のカギを握るのは何度も言うように(起承転結の)「転」にある。

文章を書く前に、伝えたいメッセージ(主題)をはっきりとさせよう。自分は何について、伝えたいのだろう? 通常、文章にはなんらかの意図があるものだ。しっかりと自問するといい。もし仮に伝えたいメッセージがなかったり、曖昧なままだったりすると、ぼやけた文章しか書けないはずだ。

伝えたい意図(メッセージ)が明確に浮かび上がってきたら、それを起承転結の「転」に持ってくるのである。

起承転結はバカにできない強力な定石。起承転結に則(のっと)って書かれたこの記事を、ここまで読みすすめてしまったあなたは、そのスゴさにどこか気付いているはずだ。この記事の内容を起承転結で4分割するとこうなる。

  1. 「起」 才能がなくても読まれる文章は書ける。
  2. 「承」 読まれる文章を書くには文章構成の定石を持つことだ。
    なかでも起承転結がおすすめ。
  3. 「転」 起承転結の成否は「転」にある。
    伝えたいメッセージを起承転結の”転”で語る。
  4. 「結」 ???


最後の「結」についてはこれから書く。そういえば冒頭で、読まれる文章には3つの要素があるといった。それは「表現」「構成」「内容」だ。最後の”内容”というのは文章の題材となる”ネタ”のこと。

ネタを刺し身に例えると、文章構成は器。表現は刺し身の”ツマ”なんかだね。刺し身のツマはなくてもよいけど、まったくないとちょっと寂しい。ぼくも穂紫蘇や青じそは大好きだ。器を売る店の陳列棚には小洒落た食器がたくさん並べられている。あれやこれや目移りするけれど、使いやすく奇抜でないシンプルな器をひとつチョイスすれば当面こと足りる。

肝心のネタは鮮度が大事。古臭いネタでも切れ味のよい包丁で切り口変えて調理すればおいしくいただける。とは言ってみたものの当たり外れがあるんだよね。もちろん食べる人(読み手)の好みだってある。

ぶっちゃけて言うならば、ネタなんて「ウン(運)」である。現実でも、そうでしょう?

ついでながら、この記事のネタはこちら「『もっと読みたい』と思わせる文章を書く 読ませるエッセイの書き方」(加藤明/著、すばる舎/刊)から仕入れました。

こうして、シンプルな器に盛ってみた次第です。

kindleですぐに読んでみたいという方はこちらからどうぞ。

「もっと読みたい」と思わせる文章を書く kindle版


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