ある女性編集者の手記がスゴい。ノンフィクション「八本脚の蝶」は読み物として、ブックガイドとしても秀逸!

    

 十六歳の奥歯に会ったとき、ぼくは今とちがう書店に勤めていた。書籍案内カウンターにいたぼくに、彼女は「『論理哲学論考』のPOPを書かれたのはどなたですか?」と尋ねてきたのだった。

「ぼくです」「少しお話してもいいです?」「いいですよ」

何分か話して彼女は「お仕事の邪魔ですね」と言って帰っていった。

「今の誰?すっごいかわいいじゃーん」つんつん。

同僚にからかわれているところに彼女は戻ってきて、「今日いっしょに帰っていいですか?」と言った。

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それからぼくの早番の日に訪ねてきて、夕方から終電の時間まで喫茶店で話す、そういう日々が、彼女の大学入学まで続くことになった。二人とも本が好きで、生まれてから過ごした日々をはるかに超える冊数を読んでいた。

僕は現実で見つからないものを本の中に探して、本のなかにも見つからないもので喉元までいっぱいになっていた。そこにいきなり、本のなかにも見つからないものが、服を着て眼の前にあらわれたのだ。

膨大な対話を交わした。ただ話すだけの関係である、休日に連れ立ってどこかへ出かけたりすることもなく、たがいの家を訪ねることもなかった。聴きとってくれるかも知れない誰かに出会って初めて、自分がなにを話したかったかに気付く。

おたがい生まれて初めて話すことばかりで、話したいことを話せるようになるための準備が必要だった。ぼくはまだ呼び名のない概念を照合しあい、新しい用語を作りながら、話したい事に向かって変化していった。

彼女の心は問いに満ち溢れていた。「死ぬまでにあといくつ雪雪さんに質問できるんだろう」そうつぶやいて暗算をはじめ「あ、あぁ・・・ぜんぜん足りません!」と泣き顔になった。

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「八本脚の蝶」(二階堂奥歯/著、 ポプラ社/刊)

著者の二階堂奥歯さんはいわゆる本の虫。膨大な本を読み、多くの思考に触れ、多くを知りすぎた彼女は自ら命を絶った。

国書刊行会の編集者だった彼女のブログにはいまでも膨大な読書日記と思考、彼女の言葉や文章が残されている。それを、冒頭のような寄稿文とともに一冊の本にまとめたものが本書だ。この本に出会ったきっかけはここ。

「読んだ本の記録。他になにもない。」
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ぼくには、そのどれもが儚く、美しく、そして星のようにキラキラと輝いて見えた。彼女は確かにぼくと同じ時代に生きていた。彼女は最後の日まで懸命に生きていた。彼女の思考、彼女が綴る言葉の一つひとつに、ぼくは目眩のするような衝撃を覚えた。

自ら命を絶った若い女性の手記というのはそこに「物語」を付け加えて美化され、感傷的に賛美されがちだ。ぼくはそういうものに対して否定的だった。「弱い人」と決め付け、まずそこから距離を置き、そういう生き方を安全な場所から傍観するのだ。

「自分は大丈夫、強い人間だから・・・自分には関係がない・・・」

そして、自分の境遇に安堵する。

深く考えもせず、毎日を生きる。人生に意味なんてないのだ。それでも意味のない行為に意味を見出す。だって、それが人生だもの…と、誰かの哲学的な思考を、言葉だけを借りて、わかったようなわからないような。

文章を読みながら、彼女と自分はどこが違うのかと考える。彼女は、生きることに誠実だっただけ。ただ、違うのは凡人の及ばないところまで思考する。でも、それって狂気じゃないか。狂気は誰にでも身近なものなの?いや、狂気だったらいい。狂気であってほしい。

ページを捲(めく)り、文章に触れ、その才能に嫉妬する。でもどこかで、胸を撫で下ろす自分がいた。

最後の魔法のおかげで世界はとても綺麗です。私は生きている間。時々、一瞬だけとおくをかいま見ることができました。結局そこに行くことはできませんでしたが、でも、ここも、とても綺麗です。
「八本脚の蝶」(二階堂奥歯/著、 ポプラ社/刊)

彼女はどこを見て、どこを目指していたのだろう。ぼくにはわからない。知りたいと思うけど、知り過ぎてしまうことに、とても恐くなった。ぼくは凡庸のままでいい。



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「八本脚の蝶」(二階堂奥歯/著、ポプラ社/刊)

「八本脚の蝶」(二階堂奥歯/著、ポプラ社/刊)は、ありがちなセンチメンタル本だという印象を持たれるかもしれない。だけどそうではないし、別の使い方もできる。

たとえば、多くの書を読んでいる人ならではの興味深い感想や言及に溢れているから、ブックガイドのような読み方もいい。本はもちろんのこと、映画、アニメ・アートに漫画やライトノベルまであって、彼女の趣味嗜好を垣間見ることができるという点でもおもしろい。また、読んでいて心地よい文章は、文章を味わいたいという読書欲も満たしてもくれる。


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