ブログ開始5ヶ月と28日で、現在一日1,000人が訪れるサイトになりました。2014年8月のブログアクセス状況とアフィリエイト収益まとめ

    

9月になったので、いつもの”まとめ”始めます。そのまえに、ちょっとお伝えしたいことがあって、それは先月後半から一日の訪問者数(ユニークユーザー、自分のアクセスは除外)がようやく1,000人を超えるようになったことなのです。
一つの目標を達成できたので、感慨深い思いです。というわけで、ありがとう!

過去のまとめはこちらからどうぞ。
ブログアクセス状況まとめ

では、本題へ!

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「kakujin」8月まとめ

ブログアクセス状況まとめ8月1日~8月31日

このブログの開設は2014年3月6日で経過日数は5ヶ月と28日になった。累計PVは65,458で、総投稿記事は120記事。投稿ペースが大幅ダウンしてしまって、3日に一度。言い訳せずに、ちょっとがんばらないと。

※Googleアナリティクスのスクリーンショットは削除しました(規約違反のため)。

ブログ開始から現在まで、大きな躓き(つまづき)もなく右肩上がりで成長できているのは嬉しいかぎり。流入は検索がほぼすべてというのは相変わらずなんだけど、ブログタイトル「kakujin」の検索が増えてきたので、ちょっとご報告。

ぼくのいままでの経験にもとづいた、読者が戻ってきやすいブログタイトル名がこれ。新しい検索ワードだから上位表示させるのも簡単だ。検索する人も迷うことがない。

「kakujin」は書く人という意味だ。最初の頃、ソーシャルで名前付きでコメントされるたび、そのダサさに全身の毛穴から汗が出る感覚を覚えたけど、今ではもう慣れた。

よく読まれた記事

1いまさらだけど、森絵都作品。ベストセラー小説「カラフル」がスゴ本すぎておすすめしたい!

8月いちばん読まれた記事がこれ。初の単独書評記事でここまで読まれたのは初めてかもしれない。ちょっと未来が明るくなった。森絵都さんがここまで検索されるならと、不純な動機で、森絵都さんの「月の船」も読んだのです。ハートウォーミングな青春小説というひと言。

で、完成度で言えばちょっとカラフルには及ばない。後半にかけての盛り上がりは、後の作品に通じるものを感じた。

2グノシー(Gunosy)って炎上中?いちユーザーとして調べてみた。

ちょっとお断りしておくと、もうグノシーの話題では炎上しておりません。そして、過去に批判しておきながら、いまだにグノシーを使い続けてます。トピックと朝刊/夕刊しか見ないけどね。

とはいえ、ここからの流入も無視できない数字なので、記事下の関連リンクを充実させたのです。これがまた、結構いい感じ。PV数アップに貢献してくれています。気になる人はチェックしてみてください。

3簡単適当なのにウマい!男のモヒートの作り方を教えます。

夏だからか?季節限定の話題なんだろうけれど、意外と検索されて読まれている。内容はただのレシピ紹介記事なんだけど、普段より写真の雰囲気にこだわった。

ぼくのブログの根っこにあるテーマは読書だから、どの記事にも本のエッセンスをいれておきたいのです。そんな編集テーマでレシピ記事を作ったらこうなったの見本。ブログの構成はニッチな、検索上位を取りやすい話題で、ロングテールを心がけているのだけど、根っこがぐらぐらなら、それはもうごった煮でわけが分からなくなる。だから、一本筋を通しておくことにしている。

ぼくが記事を書くうえで大事にしていることは本を読んで考えること、そこで得られた新しい言葉でぼくの意志を表現することだ。

ちょっと話は変わって、沈黙のWebマーケティングというサイトがある。これはウェブライダーの松尾茂起さんのプロデュースしているコンテンツなんだけど、ページ滞在時間が平均6分を超えているというのは恐らくここ。ぼくが平均滞在時間を押し上げているうちの一人なのは間違いない。ははは。

さて、松尾さんは言っていた。映画だって、あれだけお金をかけて2時間しか時間を割いてもらえない。それが、ウェブの記事でこれだけの貴重な時間を割いてくれるというのはとっても嬉しいし、ありがたいことなんだ、と。

そうか、ライバルは同じような書評サイトじゃなくて、TVや映画。つまり、読者の趣味の時間だったりするんだよね、ってことに気付く。

その大切な時間を削ってでも、ぼくの文章を読む。どうやらそれくらいの引力がなければだめなんだということがわかってきた。

ぼくが、誰かの記事を読む場合、良し悪しをひと目で判断する。そこに必要なのはわかりやすく書く技術であり、短時間で過不足なく伝えるための要約する力。
でも、それだけでは不十分で、読もうとするモチベーションの喚起も大切。この記事を読んで何が得られるのか?が要約されてスッと入ってきたら成功ではないか。
たとえば、読んで、わかりやすく面白いうえにWebマーケティングについても学べるということがわかったとする。結果、そうかなるほど、それでは松尾さんの記事を「読もうか」となる。
最後に発信する力。たしかに、そうなのだ。想定する読者層に訴えかける現実的な手段がなければ読まれることすらない。

ぼくがツイッターでフォローしている、藤咲りん子さんは元編集者。この方の書く記事はツイート・はてブそれぞれの総数が4ケタを超えていて、その拡散具合がぶっ飛んでいるんだよね。
りん子さんの表現のコンセプトは伝達性と共感。これはちょっと参考にしたい。幸いなことに、ぼくのような素人の質問にも丁寧に答えてくれる。気になる人はフォローしておこう。
たった1分で驚きの効果!SEの夫を眼精疲労から救ったスゴ技10選

世界は知るから存在するのだ。知らなければ存在しない。自分に足りないものが、少しだけわかってきて、ちょっと目眩(めまい)がした。

4株式売買ノートの書き方を教えるから、これから株を始める初心者はしっかりと記録をつけようぜ

株の話題もいいよね。ってことで書いた記事。このままPVが増えていくようなら、このあたりのカテゴリも充実させていこうかと考えている。

さて、相場の本はとにかく読んだ。たくさん読んだうえで、言えることは投資に”絶対”(絶対に儲かる裏ワザのようなもの)はないってこと。

そうなると、手放しで蔵書を褒めるわけにはいかなくなる。どの本もそれなりに主張が通っていて、”絶対”に儲かる気分にしてくれるのだけど、それでも”絶対”は存在しないという考えは変わらないからだ。株歴10年以上になるけれど、”絶対”儲かる手法は残念ながら見つけられなかった。

でも、落胆するのは早い。経済学的に正しい投資法は1990年の「資産運用の安全性を高めるための一般理論形成」(ハリー・マックス・マーコウィッツ Harry Max Markowitz)に書かれている。

ひとことで内容を言うとインデックスファンドに投資しなさいということだ。ちなみに、ぼくはインデックスファンドには投資していない。

読んでほしい記事

1文章を上達させたいなら、言葉を知り、表現すること。続けること。

”いまはつくづく、よい時代になったなと思う。誰でも気軽に表現できるようになったからね。でも、”読まれる”というハードルは格段にあがったよなぁと思うわけ。

誰も読まない、読まれない。そんなネットの文章は”ゴミ”だっていう。かといって、ゴミにもなりきれず、言葉にならない漠然とした何かを言葉にしようとするぼくは、ただ、布団のなかで転げまわったあげくに、天井の染みを数えて悶々とする毎日(どんな毎日だ)。そんな表現の努力を通じて、ようやくわかることだってある。”
-記事本文より抜粋-

書評といいつつ得体の知れない文章を書いているのだけど、そんなぼくでもぱたりと書けなくなる時がある。なぜかと考えた時に辿り着いた答えを記事に書いた。

2会社がクソ忙しい時に、ブログをしてると、どうなるか

他人様のブログ記事ですが、これおすすめ。一般の会社ではWeb担当者は冷遇される。あくまで本業の片手間という位置づけ。これは辛い。なんとかしてあげたい。「あなたも苦しんでいるのですね」と、思わず手を差し伸べたくなる。これを動物的反応という。

動物的な反応は悪くない。目の前で血を流す人がいたら、救いの手を差し伸べようと思うでしょう。そういう自然な反応だからだ。

善悪の判断は背景とする社会や置かれる立ち位置でどのようにも変化するもの。だから何を正義とするかの価値基準は常に揺れ動くし、結論が出づらい。でも動物的な反応は反射的な反応だ。だからこそ、目の前で起きている悪に瞬時に対応できる。さぁ、あなたは繁忙期の忙しくて余裕のない社員だ。動物的な視点で、再び記事を見てみよう。

会社がクソ忙しい時に、ブログをするのが悪い。

今月の被リンク

コンセプトは先月と変わっていない。

週末社長はじめました。
未経験でマスコミ・出版業界に転職する方法

個人的にタイムリーな話題。さらっとまとめ記事出てくるあたりが、すごい。ありがとうございます!



ブログ収益 8月まとめ

(中略)諸事情あって本文削除しました。

自分の勧める本が売れるって、とても嬉しいものなんです。一冊売れても利益は微々たるもの(文庫が一冊売れて20円程度)なんですけどね。振り返ってみて、一番の報酬はモチベーションだったんだなぁと思う。

あとがき

個が薄れがちないま、「自分らしさ」を求める人が増えているという。この言葉は、なんだか聞いていると勇気が湧いてくる。あたかもかけがえのない自分がそこにあるかのように感じるからだ。「あなたらしいよね」と言われるとなるほどそうか、自分らしさってこういうことなんだ!と思うし、逆に「あなたらしくない」と言われると、それもまたそうか・・・と思う。

でもたいてい、「これが自分だ」なんてものはそうそうあるものではない。自分ってもっと掴みどころのないモヤモヤとした存在だと思うのだ。

「らしさ」って、願望だと思う。あなたでも、あなた以外の誰でもいい。そうありたい、あってほしいという願望だ。だけど、それは時として、あなたを枠にはめる。自分を枠にはめることで、相手はあなたを理解しやすくなるし、自分も満たされる。でもそれって窮屈でしょう?

じぶんらしさは、ときに無責任で、不自由なもの
(熊野純彦『子供の難問』野矢茂樹/編著、中央公論新社/刊 p116)

時には”自分らしくないこと”だって、想像したり、やったりしてもいいと思うのだ。

久しぶりの休日、雑貨屋のヴィレッジバンガードでドグラ・マグラという文庫を立ち読み。この本は、もうあと何回くれば読み終えるだろうってくらい、ここに来るたびに手に取って読んでいる。優柔不断で、買うべきか迷ったあげくに買わないってことを繰り返しているのだけど、それもまた自分らしい。

読書のあいだ、近くの古びた再生デッキからは米津玄師の「リビングデッド・ユース」がリプレイで大音量で何度も流れてくる。「シクシク存在証明 感動や絶望に泣いて歌う…」まるで呪文のよう。これを聞いて、どうかあなたも呪いにかかりますように。結局いつものようにドグラ・マグラは買わなかったけれど、呪いにかかったぼくはCDアルバムを購入して店をでた。YOUTUBE公式アカウントで、いくらでもタダで聴けるのにね。なんて”ぼくらしくない”んだ、と思ったら、ちょっと自由な気持ちになれた。長くなってしまいました。最後まで、お読みいただきありがとうございます。それでは、9月も「kakujin」をよろしくお願いいたします。

-関連リンク-

ブログ開始4ヶ月と26日で一日600人が訪れるサイトに成長しました。2014年7月のブログアクセス状況とアフィリエイト収益まとめ

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